芸と遊びと教育-3 [エッセイ]
芸は身を助け身を滅ぼす。
思い当たる方は大勢おられると思う。
成れる事なら自分の好きな事で身を立てそれで生きたい。
止むを得ず嫌な仕事に身を置き、貴重な自分の時間や資金で余暇とかライフワークに割ける、と
感じている方の方が多いと思う。
2.3年前にある雑誌で打ちのめされたように衝撃を受けてしまった。
70歳程の女性が日本棋院の女流棋士三段の指導碁の記事である。
えっ?と思って、本当かいな?と唸ってしまった。
子育てを終え社会に送り出してから、囲碁を覚えたと紹介されていた。
こどもの教育がまだ終わらないうちに碁を覚えるのは疎(おろそ)かになり兼ねないので、終わるまで我慢していたと言うのだ。
頭をなにかでガッツンと殴られたようだ。
プロは決して指導碁とはいえ甘くはない。勝ちに真剣に向かう。
プロに3子とは、アマの6段以上でないとこうはならない。
高校の二年の時に私が碁を覚え、未だにアマにうっかりすると5子も6子も置かないといけない時が
ある。
このお婆さんに対局をする時には3子を置き、先生よろしくお願いします、と挨拶をしなければいけない。
しかもゴルフまでやり、シングルとも紹介されていた。
ええーー??と又してもの衝撃だ。
シングルなんて、そう簡単になれるものではない筈だ。
毎日のようにグリーンに出て打っても成れるものか、私はゴルフはしないが、連続2回県のアマで優勝した友人はいる。暇さえあれば打っていた。
芸とか趣味はこうありたいとしみじみと思った。







趣味や芸事が出来るというのは生活が豊かになった証拠ですね。貧しい時代は生きていくのに精一杯。生きていくために働いていました。今は良い時代になったなぁ、とつくづく感じます。
私は多趣味です。で、趣味とは関係のない仕事をしていますが、時々仕事でそれらの趣味が役立つ事があります。何事も人生の内のどこかで繋がっていて、人のする事で無駄な事は無いのかな?と感じた事がありましたf^_^;
by こん (2006-03-27 23:55)
全くその通りだと私も思います。経験や自分が思いを入れた趣味や芸事は意外な時に役に立ったり生きて来たりもします。無駄になる事はないと信じています。特に若い時の経験は後々の進む方向や考えの素になることもあるようにさえ思います。この一番大事な10代を終えるまでに良い刺激を得る環境にある事は個人差もあり望んでも得られないかもしれないし、強要される事でもないかもしれないと思います。
私の場合は興味が沸き過ぎ本業?がいつも疎(おろそ)かになってしまった。心の弱さと意思の軟弱に尽きる。日々為すことを終え許された時間に嬉々として打ち込むスペースと空間を持てる方はとても輝いている。確かに昔は趣味や芸事は少なく限られていましたね。先生が生徒に配るアンケートなんかには種類が10もなかった。今ならいくら位あるのだろう?うっかりすると100は軽く越えるかもしれない。その限られた10代の時間の使い方はとても貴重に思います。いや、いついつまでも時間は大事。
by osello (2006-03-28 07:57)
なかなか難しそうな題材を論じられているようですね、現在は教育制度が充実してきて 子供達は教わることに 慣れてきています。しかし、自分から進んで 学んでゆく 体験する 事が少なくなってはいないでしょうか この先輩の時代は 戦争があり 戦後の混乱があり 苦労され 自分の力で学び 教養を深めていったのでしょうね だからこそいつまでも そのことから離れずにいられるのだと思います
by ali (2006-03-28 09:05)
戦後のベビーブームの段階の世代です。親に感謝している事は伸び伸びと育った事と、ひもじさとか貧乏とか感じなかった事ですね。実際は子供の頃はまだまだ多くの家庭では余裕などなく精一杯の生活ぶりのようでした。でも、一番懐かしい心の時代でした。
by osello (2006-03-28 23:02)